子どもを使って自分の人生を生きる
こんにちは(^○^)
今日も一日、頑張りましょう💪
さて、少し前に話題になった人物ですが、成田童夢さんという元オリンピック選手をご存知でしょうか。スノーボード選手で、2006年のトリノオリンピックに出場し、有名になった方です。
以前しくじり先生という番組で久しぶりにテレビに出ているのを見たのですが、成田選手の親もいわゆる「毒親」でした。
幼少時から自己流の過酷なトレーニングを課され、アニメの声優になりたいという自分の夢は捨てさせられ、親の夢を叶えるために結果を出し続けた成田選手。親御さんは虐待の傾向もあったようです。
成田童夢選手は三きょうだいで、名前は童夢(どうむ)夢露(めろ)緑夢(ぐりむ)。この名前を見ていると、夢を叶えたいという親の執念が感じられてなりません。親は、自分の夢が叶わなかったから、子どもに代わりに叶えさせたいと思ったのでしょう。
親は子どものことをコントロールすることができます。非常に大きな、抗うことのできない権力を持っています。人格や将来を決定づけることも可能です。
子どもを使って自分の夢や希望を叶えさせたいという親は多いのではないでしょうか。
私自身も過干渉な親にコントロールされていました。
でも私は自分の親を見ていて、自分というものが全然ない人だと感じていました。権力を使って支配しているくせに、自分がないというのもおかしな話なのですが、本当にそんな感じなのです。
私の人格に侵食して、没入している感じ。でもそれは逆を言えば、没入した姿でなければ、一人では存在していられない人格ということです。
家では神様のように振る舞っていたので誰にも欠点を指摘させず、完璧な人間であるかのようでしたが、本当は自尊心が低く否定感情が強い人でした。全てのことに深く失望していて、人間不信であり、自分で自分の人生を生きられない人だったのです。
私の親には「好きなもの」がありませんでした。
好きなものを紙に書き出していったら、自分がどういう人間かがなんとなく浮き彫りになってきませんか?私の親は世界のほとんどのものを嫌悪していたので、たぶん白い紙を渡して「あなたの好きなものをたくさん書いてください」と言ってもほとんど筆が進まないでしょう。自分を持つというのは、「好き」を肯定することでもあると思います。自己嫌悪が強いあまり、自分が好きなものを肯定することもできなかったのでしょうか。
私の親もまた、複雑な家庭環境の中で育ったようです。(地雷を踏みたくないので、詳しくは聞けませんでしたが。)何かの理由で否定感情の強い人格が形成されてしまい、自分自身の人生をうまく生きることができなくなってしまったのだと思います。
でも人は結局、自分の人生を生きなければ満足できない生き物で、自分ではできない自己実現を何かに仮託してしまうのではないでしょうか。
でも、子どもは人格を持った一人の人間です。親は創造主ではなく、子どもは親の所有物ではありません。
きっかり一人分の人生を生きること。自分の人生をしっかりと生き、そして自分の子どもや他人の人生に侵食しないことが大切だと思います。
人間には等しく人権があります。たとえ親であっても人権侵害は許されないし、もっとも発見されづらい家庭内で人権侵害行為をするのは卑劣です。私はこの人権というテーマについて、真剣に考えたいと思っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
Have a nice day(^_-)-☆